新竹空軍基地(Hsinchu Air Base)のランウェイ南東の基地外に当時建設中だった鉄鋼加工会社の2階から撮影したRF-104G。300oレンズがあれば、このようにタッチダウン寸前のF-104Gを捉えることが出来たが今は立ち入りが出来なくなってしまった。
Photo by CCK-FOX
RF-104Gの後継機として配備が決まったRF-5Eは、第12偵察中隊のマークを付けてCCKで公開された。折しもF-104Gの引退式同日である。このマークをつけて公開されたのは、これは最初で最後となったため非常に貴重な写真である。この後 F-16A/Bの1個中隊をRF-16として使うことを決めた空軍は、第12偵察中隊からRF-5Eを手放させ F-16の配備に転換させた。この為、RF-5Eの行き先は、第8大隊に新たに復活させた第4中隊になり、第8大隊の移動先桃園に配備されたのである。
桃園からF-104Gの統合運用をするため新竹基地に移動した12偵察隊は、結局桃園基地に戻ることなく 新竹でRF-104Gの運用を終了した。ミラージュ2000-5が導入されても 12偵察隊にRF-104Gが残っていた為 しばらくの間 両機種を新竹空軍基地で見ることが出来た。タキシングをしているRF-104Gは、元々アメリカ空軍の58TTW(Luke AFB)で運用されていた機体。台湾が阿里山計画で購入してから RF化したもので 実際は20oバルカン砲を外した以外ほとんどF-104G其の物である。
RF-104G 4400号機 これもアメリカ本土のルーク空軍基地 58th TTWでドイツ空軍のパイロットを養成してきた機体。67-22517は、アメリカ空軍で使われたG型の最終生産機で台湾でこの機体は終焉を迎えた。
1980年台後半から1993年ぐらいまでの間RF-104Gは、上の写真のようなカメラ収納用のロングコーンを装着して飛行することがあったが 極まれな事で私は一度もお目に掛からなかった。この4365号機も最後まで12SQに所属した機体であるが、このロングコーンを装着してフライとしたのは数回だけ。4400号機にも付けられたが常用しなかったのは飛行性能に影響が有ったのか・・。
第12偵察中隊
The Period of RF-104G to RF-5E
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12th Reconnaissance Squadron